爛柯亭仙人の囲碁掌篇小説集(囲碁超短編賞悦集)

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囲碁格言

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30 【へ】
ヘボ碁にダメなし。序盤からそうだった。お互いに相手の石を取ろうと、ギシギシ音がするような接近戦の連続。お世辞にも美しい碁とはいえない。僕としては随所にダメのあいた碁が理想なのに、なぜかいつも醜い図になる。相手が筋悪のヘボだから? 原因はそれだ。そうに決まってる。
29 【ふ】
振り替わりを恐れるな。碁が上達してずる賢くなると、随所で手抜きを考えるようになる。手を抜けば部分的には不利だが、振り替わりで帳尻が合えばそれでいい。要は全局的なバランスなのだ。その確信が誤算で、手抜きが敗着だった。囲碁は奥の深道。…浮かんだ駄洒落にもキレがない。
28 【ひ】
広い方からカカれ。布石の鉄則だが、六子や七子の指導碁では、あえて狭い方からカカって下手の力量を試すことがある。今日の相手も対応を誤り差が縮まった。序盤の数十手でもう碁になっている。気分を害したか。上達のための試練と思ってほしいのだが、むしのいい相談かもしれない。
27 【は】
ハネもフトコロのうち。囲碁を習いたての頃、僕にはその意味がよく解らなかった。もちろん今はわかる。目の前の恋人にちゃんと説明だってできる。
「…ここかな?」
格言を知らないはずの彼女が少考後、ハネた。まさか自力で正解に達したのか? 彼女には碁才がある? そんなバカな!
26 【の】
「ノゾキにツガぬ馬鹿はなし」
「そう?」
「あれ、ツガないの?」
「考えが変わった」
「ツグ一手だよ」
「へそ曲がりだから」
「じゃあ切るよ」
「……あ、ちょっ、ちょっと待った」
「ダメダメ」
「三味線かと思った」
「人の忠告は素直に聞かないと」
「……」
「そんなんじゃ上達しないよ」
25 【ね】
狙いすぎは大勢を失う。私にはそんな認識はなかった。じっくり手厚く打って寄りつこう。そう思っていた。終局後の結果論だが、私が本手と思っていたのは狙いすぎの緩着だった。それが致命傷であり敗着である。だが、私は自分を責めるより相手を讃えよう。心の傷が小さくてすむから。
24 【ぬ】
抜いた一子、じつはカス石。そんな言葉があるんだけど知ってる? 彼女が僕の顔を覗き込むようにして言った。知らない、と僕は答えた。彼女が何を言いたいかはわかっていた。でも、深く考えずに取ってしまった。カス石とは思わなかったし。碁を教えてだなんて言うんじゃなかったよ。
23 【に】
二子(ニモク)にして捨てよ。一個の石さえ捨てられないのに、わざと二個にして捨てろだなんて…。そんなの僕にはできっこない。でも碁の先生が示した捨て石の威力はすごかった。手筋がピタリと決まって気持ちがいい。魔法を見ているようだ。実戦で打てるかな。そうだと嬉しいけど。
22 【な】
中地を囲うな。囲碁で初中級の頃は中央を大きく感じるものだ。そのため必要以上に中央に手をかけ陣地が増えたと喜ぶ。十万円を稼ぐのに九万円を使うような話で算盤が合わない。中央には宇宙があり夢がある。そう反論する人もいるが、夢の見方を間違えたら、うまい飯は食えないのだ。
21 【と】
取ろう取ろうは取られのもと。対局相手のボヤキを聞いて、チャーリー浜の「君たちがいて、僕がいる」というギャグを思い出した。囲碁は敵の石を取ろうと思っても簡単にはいかない。逆に取られることさえある。相手がいて自分がいるゲームだからだ。う〜む。チャーリー浜、恐るべし。
20 【て】
敵の急所は我が急所。囲碁の対局でどこに打てばいいかわからない場合、相手の立場で考えるのは有効だ。敵の打ちたいところへ打つと、有利になるケースは意外と多い。教室の生徒にそう説明すると、
「敵の打ちたいところがわからない」
という。なるほど。それがわかれば苦労はないか。
19 【つ】
ツケにはハネよ、ハネにはノビよ。形からすればそう打つべきだと思った。でも、気合いが悪いような気がして、僕は違う手で応えた。ハネにノビないでハネ返したのだ。
「素晴らしい! その一手だね」
先生がうんうん頷きながら褒めてくれた。素直に嬉しかった。僕って才能あるのかも。
18 【ち】
力自慢の出切りかな。そう言って僕は勢いよく敵の石を分断した。
「わはは、それはこっちのセリフ」
相手が苦笑した。僕にすれば渾身の一手だが、向こうは乱暴だと揶揄したいのだろう。同じ格言でも見方によって正反対の意味になる。僕は当然、僕の解釈を信じる。…負けないかぎりは。
17 【た】
大石(たいせき)死せず。素人の碁はさておき、プロの大石はめったに死なない。大きな石ほど眼ができやすいからだ。だが、この碁は違った。数十子もの石に満足に眼がない。妙手はあるのかと見ていたら、突然の幕切れ。二手連打の反則で決着した。はたしてシノギはあったのだろうか?
16 【そ】
損コウ打って碁に負ける。そんな状況だった。このコウだけは絶対に負けられない。本来なら勝敗を度外視してまでコウに勝とうとするのは、碁の理屈にまるで合わない。しかし、コウは碁の華。アマ碁打ちの矜持にかけて、負けを承知で大勝負に打って出なければならない瞬間があるのだ。
15 【せ】
攻める石にツケるな。格言に反して彼女がツケてきた。僕の石を取りたいのだろう。皮肉なことに囲碁は、取ろうと思って攻めるとたいてい取れない。特にツケは反発を招き、逆に相手を強くするからだ。あとで説明しようか。余計なお世話だと嫌われるかな。囲碁は教えるほうも難しい…。
14 【す】
捨てると死ぬとは大違い。碁の対局で捨て石ができるようになると、その人は進歩している。誰だって石は取られたくないが、捨てる快感を知ると碁の質が変わる。死んだのではなく捨てた。両者の間には天と地ほどの隔たりがある。捨てる技術は、何も暮らしの知恵の話だけではないのだ。
13 【し】
小を捨てて大に就け。中国唐代の棋士、王積薪が作った『囲碁十訣』の一節だ。小さな利益は捨てて大きな箇所を打て。当たり前の正論で言われるまでもない。他の九条は役に立つ格言ばかりなのに、どうしたんだろうか。小に就く者が多すぎて頭にきたのかな。…ギクッ。それならわかる。
12 【さ】
酒は別腸、碁は別智。その好例が目の前にいた。酒の話は知らないが、碁は滅法強い。頭脳明晰とはほど遠いのだが、碁才は飛び抜けていた。駅では切符も買えず、釣り銭の勘定もできず、ろくに常識もない。だが誰よりも先を見通す能力があった。天才棋士。それしか説明がつかないのだ。
11 【こ】
碁に勝って勝負に負ける。そう言いかけてやめた。内容は圧倒的に僕のほうがいい。この碁を負けるとは…。情けなさで絶望的な気分だ。無論、責任は僕にある。勝ち碁を勝ちきれないのが悪いのだ。でも。敵は必敗の碁をなぜ投げない? いや、ダメだ。敗軍の将が語りすぎか。深く反省。
10 【け】
ケイマにツケコシ。この一手で決まったと思った。相手はシチョウに抱えられず、引けば押して分断する。小鼻がふくらむ瞬間だ。しかし相手は私の予想にない手で応じてきた。
「ツケコシ切るべからず…ですかね」
軽くいなされて何事もなし。呆れた。迂闊すぎる。碁才ゼロ。悲しいなあ。
9 【く】
愚形の妙手。こういう手があるから囲碁は面白いのだ。パッと見は悪形だが最善手。考えにくい手なだけに発見したときの喜びは大きい。だが子供は形にとらわれずに打つため、愚形も多いが気づきにくい妙手も出る。
「よく気がついたね」
そう褒めると、目の前の子供は嬉しそうに笑った。
8 【き】
切れるところはノゾくな。初中級者がよくやる悪手を戒める囲碁格言だ。相手が言うことを聞いてくれるのでノゾキを打つと気分がいい。だから味消しの悪手とも知らずに打ってしまうのだ。そう。頭では完璧に理解していた。それなのに…。私は馬鹿か。たぶん思ったより馬鹿なのだろう。
7 【か】
カス石逃げるべからず。級位者が実戦でこの教えを守るのは容易ではない。どの石が不要か、当事者ほど見えないからだ。カス石にこだわると大勢を失い負けにつながる。そう説明したら、要石とカス石の見分け方を聞かれた。う〜む。
「それがわかれば初段かな」
そう答えてお茶を濁した。
6 【か】
金持ち喧嘩せず。安全勝ちを目指して打っていたら、敵が猛烈な戦いを挑んできた。ここで逃げたら男がすたる。私の応手で火花が散り、大コウになった。大きな振り替わりの結果、私の負け。
「この手で冷静に打ってたらどうよ?」
と相手。やはり逃げるが勝ちなのか。くそっ。もう一局!
5 【お】
岡目八目。格言を絵に描いたような碁だった。両者ともトントンの筋に気づいていない。思わず助言したくなった。だが、その手は実現することなく、一方が投了して感想戦となった。
「ここに放り込みがあるから…」
「そう、コウは勝てない」
冷や汗が流れた。二人ともわかっていたのだ。
4 【え】
枝葉を攻めるな。そんな言葉が秀吉の脳裡をかすめた。敵の本丸は奈辺にあるのか。攻めるべき対象を見誤り、この戦いに負ければ、たちまち全軍の敗勢となる。秀吉は目前の僧侶日海を睨みつけ、次に打つべき手を決断した。相手は後の名人碁所、本因坊算砂。五子の指導碁での話である。
3 【う】
打ち出しはザルといえども小目(こもく)なり。どんなヘボでも初手はプロと同様の手を打つものだ。しかし目の前の子供は中級者なのに1の一から打ち始めた。それで一局と思っているのだろう。無論、その手を褒めることはできない。だが、恐るべき思考の自由度。見習わねばなるまい。
2 【い】
一間トビに悪手なし。そう思って打ったら、とんでもなかった。味の悪さを的確に咎められ、一気に敗勢となった。どんな手でも周囲の配石によって、良い手にも悪い手にもなる。それが囲碁だとわかっているのに情けない話だ。汝、安易に格言に頼ることなかれ。そんな格言、あったかな?
1 【あ】
アタリアタリのヘボ碁かな。目の前の子供の手はまさにそれだった。どう教えたものか。多くの場合、アタリはぎりぎりまで保留したほうがよい。だが、すぐに打たねばならないときもある。その違いを説明するのは困難なのだ。
「取られるから逃げるね」
結局、私はそう言っただけだった。


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