爛柯亭仙人の囲碁掌篇小説集(囲碁超短編賞悦集)

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対局スケッチ

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16 「あ、その手は…まずいよねえ」
「……」
「わっそこ。弱ったねどうも」
「……」
「ハネる一手」
「ハネると死にでしょ?」
「えっ…なんだ、わかってたの」
「はあ?」
「なに、試してみただけ」
「……?」
「あんた強いね」
「少し黙っててくれませんかね、観戦者なんだから」
「あ、うん」
15 目の前の紅潮した顔を見て、思わず「顔赤の妙手か」
と私は呟いた。
「赤い? いや、ちょっと風邪気味なのよ」
とSさん。洒落のわからない男だ。
「いい手なんで顔が紅潮したのかと思ったんだけどね」
「いい手? どっちかと言うと悪手でしょ?」
その言葉を聞いて、私の顔が赤くなった。
14 逃げても無駄なシチョウを私が逃げ出せば、相手の時間が切れるのはわかっていた。優勝のかかった一番。私の明らかな敗勢。悪魔の誘惑。これはルールの問題ではなく、私のプライドと生き方の問題だった。…やはり無理だ。そんな真似はできない。私は投了を告げ、静かに頭を下げた。
13 敵さんのボヤキに騙された。
「ひどい。ヘボ碁。何やってんだ。ダメだこりゃ」
ボヤキの百連発である。ま、そりゃそうでしょう。なんたって筋のいい私が相手なんだから。と気持ちよく打っていたら、いつのまにかこっちが悪くなっている。くそっ。あれは私に対するボヤキだったか…。
12 敵さんがイヤなところにツケてきた。私は三々にしまって我が軍の勝ち、と宣言しようと思っていた。その直前の星の石への下ツケ。まったく、囲碁とは思うようにいかないゲーム、相手との無言の会話を楽しむまさに手談である。楽しいことこの上ないが、さらに勝てれば言うことはない。
11 鶴の巣ごもりに引っかかった相手をはじめて見た。初歩的な手筋で、対局でお目にかかる機会はまずない。無論ハメたつもりもない。ポカは相手の責任だが、なんだかこちらが悪いような気がして笑うに笑えない。いや、大笑いしたほうがむしろ相手も救われたか。人間関係は碁よりも難しい。
10 細かいながらも足りない、と思った。座して死を待つより勝負手を放ち、一か八かやってみるしかない。私は手のないところに飛び込んでいった。駄目だ、やはり無理だった。私は投げた。
「その手で右下を打ってたら?」
と相手。
「えっ!」
と私。なんだ、手があって私の優勢じゃないか。
9 今年の忘年碁会は仲間の自宅で行なった。幹事は大変だ。なにしろ十数名の碁好きが昼間から酒を飲み、碁を楽しむ。酒好きの碁打ちには身勝手が多く、なにかと苦労するのだ。来年の幹事役は、リーグ戦で最下位の者が担当することになった。勝負は時の運だが、皆の目の色が変わった。
8 握って私の先番。黒石をつまんで、ゆっくりと天元に打ち下ろした。相手が一瞬「おや?」という顔をした。真似碁をするつもりはない。勝負にこだわらず、この一局を楽しみたい。そんな私なりの意思表示だ。私の手に応えるように、相手も宇宙遊泳できた。お互い、ニヤリと笑いあった。
7 まったく読み筋にない手を打たれ、愕然とした。囲碁はどこに打ってもいいという自由なゲームだが、これほど予想外の着手も珍しい。悪手の可能性が高い。だが、じっと考えているうちに、もしかしたらいい手かもしれないと思えてきた。どう対応すべきか…? 私に神様は舞い降りない。
6 あっちにすべきかこっちにすべきか、どちらも魅力的で悩んでいた。さらに別の選択肢もあった。贅沢な悩み。道理のわかっている人から
「とりあえず三番目を選んで、あとは見合いにしたら?」
と言われた。目から鱗。頂けるものは頂いて残りを天秤にかける。碁の腕が上がった気がした。
5 Mさんとの百番碁は私の46勝52敗2無勝負で終わった。無勝負の一つは三劫、もう一局は盤が崩れて元に戻せなくなったことによる。いや正しくは、元に戻したものの、途中で石がズレてるズレてないの口論となったことが原因だ。ケチがついて連敗し、私の負け越し。次は絶対に勝つ。
4 「上達どころか、下達してるね」
と碁敵が笑う。あんたに言われたくはないが、たしかに上達はしていない。しかし、それはお互い様じゃないか。
「もう一局やるか?」
と言うと、敵さんは
「よし、教えてやろう」
とニヤニヤ笑う。くそ。次は懲らしめてやる。一局10分の碁が再び始まった。
3 「左を撃たんとすれば先ず右を見よ」
と老人が言った。狙いたい石を直接攻めると、かえって相手を強くする。そこで反対側の石を攻める。その応接で自分の石が強くなり、相対的に狙いたい石が弱くなる、というのだ。囲碁にも通用する武道の極意だ。それは対局前に教えてほしかった。
2 「その手は桑名の…」
と山さんが笑いながら黒石を打ち下ろした。
「正博か」
と僕は続けようとしたが、このギャグは理解不能だろうと思いとどまった。いや、ふざけている場合ではない。困っているのは白のほうではないか。
「恐れ入谷の」
と僕が呟くと、
「朝顔市」
と山さんにボケられた。
1 試合で一方的に故意に負けることを片八百長という。故意に勝つ八百長はできないが、逆は簡単だ。元は囲碁用語で、八百屋の長兵衛が相撲の親方との対局でわざと負けたことに由来する。目の前の旦那との碁がそれだった。訳あって勝つわけにいかない。うまく負けるのも芸のうちなのだ。


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